8. 群発頭痛
大阪で仕事を初めて数ヶ月。
去年の12月に仕事柄移動が多くて
家に帰宅する時間もまばらな上、朝お家出る時間もスケジュールによって違って乱れた生活習慣のせいなのかひどい頭痛と胃腸炎に襲われた。 病院に通い数日早退しぎな感じで出社はしていたものの、右目の充血と異常な痛みでモニターや光が辛く深刻だった。
お家の近くのお医者さんに通ってたものの、
群発頭痛かもしれないと偏頭痛や頭痛に関する専門医に行った方がいいとのことで、翌日調べて向かった。
CTなどに異常が見当たらないものの、やはり群発頭痛の可能性が高いとお薬とお仕事を当分は休まざる終えなくなった。
病院に行って数日後、群発期というものにガッツリ入ったせいか右目がえぐられるような痛みで目も開けれず、スマホなどの光や家の電気ですら激しい痛みで死にかけていた。
目をつぶっていても光にはとても敏感で、深夜帯には泣き叫ぶ位だった。
本当にやばいと思い、朝を向かえたと同時に病院へ直行。到着したときにも割れそうな位な右目と頭痛の苦痛で高酸素治療というものを直ぐに勧められた。鼻から高酸素を吸って30分くらいで本当に死んでしまうかもという位の痛みには解放され、またお薬を追加でもらって採血しからお家に戻った。
そこから最近までは充血した右目と頭痛と戦いながら数日前から少しずつスマホを見れるようになった。
なんとか群発期を乗り越えて来てる模様!
早く回復して仕事も趣味も頑張りたい😭
7. 大阪移住ー本格的な日本生活の始まりー
大阪に移住して3日が経ちました。
8月の初めに内定を頂いた会社から8月末には大阪にお引越しできるかと思うとの事で、延長できるはずだった派遣の事務のお仕事を延長せず終えた【【涙
お盆休みがあった事で8月末になってやっと審査が終えたかと思ったら9月の中旬に入居できますとのこと…
どんどん先延ばしになってしまっていて入居も入社日も遅れる一方。
引っ越し代とかの費用もカツカツでどうにか短期の単発のバイトを片っ端から探し続け、シール貼りや工場の日払いバイトをしながら過ごしていました。
そしてやっとの事で3日前…
無事大阪に引っ越す事ができました♡
入居して早々当たり前のように何のオプションも無いスカスカのお部屋。
びっくりしたのは電気までも無くてケーズ電気に行って電気から始め色々と購入。
リサイクルショップや自転車購入したりとドタバタな日々。
10月からお仕事始まるとの事だから、今月は貧乏生活をまた頑張らなければならないけれど、新しいスタートに満足‼
大阪ライフ楽しむぞ♡
6. 帰国子女が感じた日本に戻ってきての生活
7月1日に戻ってきてもう直ぐ2カ月経ちます。
やっぱどこの国に比べても治安は一番安全!
ご飯も美味しい!
そして地元は相変わらず静かで田舎生活最高!
正直、自然災害や台風が一番怖いけど、不思議と気持ちの安定はあるんだよな~。
そんな沢山の良いところがある中、とっても窮屈に思う事を今日は書いてみようかなと…。
まず一つ目。韓国に長年在住していた私はとてもせっかち。
何事にも遅いなってイライラしちゃう自分が腹立たしい((涙
市役所から面接と引っ越しまで全てに置いて最短で1週間。普通に2-3週間ずっと待たされる日々。割と韓国以外全ての国に置いてこれはしょうがないことだけど、不動産の審査や入居日までとっても時間がかかっている現在。
そしてもう一つは、タトゥーに対しての偏見がすごい。
海外ではそこら中タトゥーは個性として特に気にしないのが普通だけど、
日本はやっぱり思っていた以上に視線でタトゥーある人を殺すよね(笑)
タトゥーが見える服を着るだけで、迷惑って感じる人がいるのがとっても驚いている。
正直日本にこれから住むなら除去しなければなのかって位、犯罪者を見るように扱ってくる事もしばし…汗
印象ってとても大切だから、仕事場とかではもちろん隠して好感持てるようにTPOわきまえているけれど、プライベートの視線や言葉は凄まじかったな。
ある程度心配でもあったし、日本に帰ってきたんだから、日本のモラルにって思い、本気で除去を考えているけれど、息苦しいなって少し感じてしまった(笑)
その国で住むのなら、その国のモラルをって言葉頭に叩きつけているから、頑張って慣れて言って、お金貯めたら除去のレーザーしなければと思った最近でした。
5. ワーホリ約2カ月で帰国した件
実は所々手書きで書いている日記の一説を投稿しているんだけど、5月にオーストラリアに到着して、7月1日に日本に帰国しました。
詳しい話についてこれからも何回に分けて話して行こうと思ってます。
去年30歳までしか申請できないワーホリのビザ。
最後の申請だったから去年の5月に申請して期限ギリギリまで世界旅行し終え無事到着しました。結論から言うと、本当に思って以上につまらなくて、ここに居ても得るもの無いなって判断をして日本に即帰国。
正直30歳になると20代前半の若者達に比べて、時間に関してとても敏感になるもの。旅行生活が長かったせいもあって、明確になった私自身の結論は、海外に住みたいや英語を学びたいがそもそも気持ちがそこまで大きく無かったのが原因の一つ。
そもそも半年以上の長旅を通して改めてTraveler(トラベラー)としての生活に幸せを感じた私。ワーホリに行く頃には物価が高い分、時給も世界一だからなんとか稼ごうって気持ち一杯で到着したブリスベンだった。
行って直ぐに苺ファームの仕事を始めたものの、実質仕事週に2-3日(しかも一日3時間で終わる事も有)とかで全然働かせて貰えなかった。働きたくてもシフトを入れてくれない問題発生。という事は、週単位で払わなければいけない家賃170ドル(16,500円)すら足りず、1カ月が経った頃には自転車Uberの配達員も到着してようやく家賃を払えって生活費の足しに少しはできるように…。
RSA(酒類取扱資格)も取り、アルバイトをしようとしたが、苺ファームの仕事がランダムに前日の夕方来る為、バイトの日程調整が不可能だった。
ファームのお仕事をやめて飲食店のアルバイトとUberだけにしようとしたけれど、ファームのお仕事をしてもらう為に格安のハウスで入った為、別の仕事を探すなら引っ越して貰わなければ困るとの事。色々悪循環が続き、旅行で使い切った残り少ない貯金もどれ位持つのかって心配事が増えるばかりだった。
2カ月居て、勉強やUberも頑張ってみたものの、この先エジプトやアフリカ、そしてターキーなどまだまだ行きたい国に旅行する為の旅行費用貯めれる気もしないし、オーストラリア生活に未練すら持つ事がなかった。
せっかく行ったのにとはいうものの、こんな気持ちで時間を無駄にする位なら、外国人生活ともおさらばして、日本での生活を楽しみながらお金を稼ぐ方が賢明だと判断しました。
オーストラリア2カ月、一瞬で終わってしまい地元に戻ってすぐ仕事を初めてみたけれど、少しも恋しいと思わない位満足しています。
昔はこういう状況に置いて、勿体ないから…もしくは挫折したくないから…とかって考えて1年どうにかして耐えてたと思う。でも今になって変わった事は、意思を持ってしっかり切り上げるタイミングを早く掴む事をできるようになるのも大切だと思っている。
みんな悔いなく一日一日無駄なく懸命に判断し続けながら、未練を最小限にして欲しいと願っています。
4. オーストラリアに到着 (Brisbane)
5月15日朝6時に到着したブリスベン空港。
夢にまで見た念願のオーストラリアに到着した。

空港は、ここ半年以上色んな国を旅していたせいか、ドキドキやわくわく感は特に感じなかった。一年前のビザを準備をしてからずっと、調べものをしまくっていた事もあって、想像していた通りの場所って感じ。

事前に連絡していた方がMorayfield駅まで迎えに来てくれて、午前中に銀行口座を作るのとマートで米や食材を買うのまで手伝ってくれた。そして新しいマイホームとなる場所へと移動。
前日から全然眠れてなかった為、到着して早々爆睡した。
次の日になって、家賃や保証金、そして家について説明を受けてルームメイト達と自然と挨拶した。苺ファームの仕事についての事は私を担当してくれているハウスメイトのマネージメントをして下さってる方や、ルームメイト達から色々教えてもらった。
オーストラリアで働くには、ファームやホスピタリティ(介護やホテルのベッドメイキング)などの仕事以外は、大体資格がなくてはいけない。
TFNが発行する前から働けるファームを探して、入ってすぐ働けて、しかも家賃がまあまあ高くない所を選んできた。カブルチャーのファームには行くなって色んなコメントあったけど、レビューも実際経験した人によってだったから、安定するまでだけでもってカブルチャーの苺ファームに来ることを覚悟。
最悪、TFNや飲食で働く為のRSAの資格を習得してから仕事は変えればいいしと思ってる。到着したタイミングは他のルームメイトに比べてラッキーな方で、ここ最近は仕事が少なくて、シフトに入りたくても待機させられた人も居た位だった。
それに比べて私はまだラッキーな方で、待機なしで数日後の月曜日から出勤。
こっちに来てまだ3週間目だけど、週に2日ずつ出勤している。
出勤してない日は、歩いて45分位の距離にある図書館に平日に行って、英語の勉強とRSAの資格を準備した。これについてはもっと細かく今度ブログにアップしようかと思ってる。
仕事してない日も、車を持っていないから一日少なくても8キロから10キロ位は歩いて生活している。こっちに来て、有酸素運動と規則正しく早寝早起きをする健康的な生活を送っている。ルームメイト達に体力化け物呼ばわりされてるから、こんな体力あり余ってるならUberのBycleかFootのやつ申請してもいいと思うとお勧めされた。
そして昨日丁度その申請を全部終えて、来週Uber配達員のバックや服が届く予定。
色々一度に何個ものタスクを熟す日々を送っている。

ー今年オーストラリアに到着したばかりの時の日記ー
3. 共同創作したエッセイが出版: [心と会っていますー마음을 만나고 있습니다ー]
去年の夏。昼休み14分前。
連続でピコンと鳴り続けるカカオトークの音。
出版社の運営チームから来た私たち36期の出版プロジェクトの団体トークからのものだった。振り返れば、執筆してみようと心を鬼にしたのがこの4カ月前。6週間という短い期間の中で一冊の本として出来上がるなんて夢のまた夢みたいな話だった。
こんな沢山の出来事がこんな短かい時間の中で起きるなんて…
子供の頃の好奇心旺盛だったあの頃に戻ったかのように不思議な気持ち。
嬉しくもありながら、黒歴史に残るのも十分承知の上だったから恥ずかしさもあり、なんとも説明がたい気持ちだった。
実はこの表紙以外にも2種類のデザイン案があって、私が求めていた表紙ではなかった(笑)
一番上からの順番で求めていた表紙だったけど、36期の40‐50代の方が4名だったから、多分世代的にも好みが分かれちゃったんだろうな…
結局投票で3番目のデザインに決まったのだけど、初めての出版だから高鳴る気持ちの方が大きかった。これがきっかけで、電子書籍を作るソフトとか勉強して、Indesignを初心者レベルで扱えるようになった。
本当に3年以内には、旅行やワーホリなどの本とか語学に関連する色んな本を書籍かして行きたいと改めて夢ができた日でもあった。
1年前の私。今オーストラリアに来て10日。
順調に自分が思っている道に進んでいるよ。
1. いつの間にかアラサーに... 海外生活 計10年 、第2言語で作家デビューする前
成人したばかりの頃、SNSで偶然発見した1文が妙に脳裏に焼き付いていた。
「10代は時速10km。20代は時速20km。30、40、50、そして60代は、時速60kmと年代別に時間を感じる速さは変わってくるもの。」
今年で私は30歳。
韓国では生まれたと同時に1歳を迎えるため、去年既に30歳に突入していた事になる。このブログの内容も丁度1年前の4月18日に第2言語の韓国語で投稿した初めてのブログ記事である。
時間はとても貴重で大切なものだと誰もが述べるが、10年前に見たあの1文を体感するのは30歳になった今になっての事。だからか、時間の重みを少しずつ感じながら、自分の為に意味ある時間を送るよう心掛けるようになった。
以前の私は、どんな自分になりたいのか?そして、どんな自分であるべきなのかを決めつけて執着していた。でも今は、もう少し肩の力を抜き、もっとシンプルに何をしたいのか、その為に何を今できるか、だけを行動にから示すように変わった気がする。
この日は、強風のせいで飛行機が欠航しまったくらい最悪な天気。
だけど、カフェでノートパソコンと向き合いながらキーボードをひたすら打ち続けながら、初めてブログ記事を書いができた。
結果的に、新しい一歩を踏み出した悪くない1日を送ることができた。
アラサーなりたての私。
少しでも体力があるときに行動力が爆発的な今、やりたい事を全部成し遂げてみせる。みんな一度は考えたことがある、Bucket List(やりたい事ノート)。
メモしただけで実践できたのどれ位だろう?これからは大鉈を振るうつもりで行動すればいいんだ。
いつの間にかアラサーに…果敢に、そして充実させて過ごしてやる。



